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東京高等裁判所 昭和58年(ネ)693号 判決

控訴人 大栄建設工業株式会社

右代表者代表取締役 笠原静男

右訴訟代理人弁護士 松本信一

被控訴人 住友重機械建機販売株式会社

右代表者代表取締役 福屋博臨

右訴訟代理人弁護士 山路正雄

同 高柳元

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人代理人は控訴棄却の判決を求めた。

二  主張

原判決事実摘示の「第二 当事者の主張」欄及び同別紙物件目録に記載のとおりであるから、これを引用する(但し、原判決三丁表一〇行目に「取時取得」とあるのを「即時取得」と訂正する。)。

三  証拠《省略》

理由

一  請求原因について

請求原因事実は、すべて当事者間に争いがない。

二  抗弁1(承継取得)及びこれに対する再抗弁1(所有権留保)について

(一)  抗弁1についてみるに、本件物件が被控訴人から信建に売渡されたことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、信建はさらにこれを大洋に、次いで大洋から控訴人に順次売渡されたことが認められる。

(二)  そこで再抗弁1について審案する。

《証拠省略》によれば、被控訴人は昭和五五年五月三〇日信建に対し本件物件を代金一、〇一〇万円で売渡したのであるが、その際信建との間で、その代金支払方法につき、昭和五五年七月末日限り二五万六、〇〇〇円、同年一〇月から同五六年七月まで毎月末日限り二五万六、〇〇〇円宛、同年八月から同年一〇月まで毎月末日限り五六万八、〇〇〇円宛、同年一一月から同五七年八月まで毎月末日限り五六万七、〇〇〇円宛の割賦払いとし、右代金完済までその所有権を被控訴人に留保する旨を約定したことが認められる。そして、信建が右代金を完済したことについてはなんらの主張、立証はなく、かえって《証拠省略》によれば、信建は被控訴人に対し、右割賦金のうち第一回分の二五万六、〇〇〇円を支払ったものの、昭和五五年七月三一日倒産し、残余の割賦金の支払をしていないことが認められる。

右の事実によれば、本件物件の所有権は被控訴人に留保されているというべきであるから、控訴人の抗弁1は採用できない。

三  抗弁2(即時取得)及びこれに対する再抗弁2(過失)について

(一)  抗弁2についてみるに、被控訴人が昭和五五年五月三〇日信建に対し本件物件を所有権留保の特約のもとに売渡したことは前示のとおりであり、《証拠省略》によると、被控訴人は本件物件を占有していたが、昭和五五年五月二六日ころ前記売買契約締結を予定しかつ訴外信建との間で使用貸借契約を締結し、これに基づき、そのころ長野市内の訴外ダイワ建機所在地において信建に対し、本件物件を現実に引渡したこと、信建は同年五月末ころ大洋に対し本件物件を所有権留保の特約付のもとに代金六〇〇万円の約定で売渡し、右同所でその引渡しをしたこと、控訴人は同年六月初ころ大洋から本件物件を代金六〇〇万円の約定で買受け、右同所でその引渡しを受けたことが認められ(る。)《証拠判断省略》

(二)  そこで再抗弁2について審案する。

《証拠省略》によれば、建設機械の主要な製造会社を加盟会社とする訴外社団法人日本産業機械工業会は昭和四六年六月ころ建設機械需要者に宛て、右加盟会社は建設機械の売買については、その代金完済時に右業界で統一した方式の譲渡証明書を発行することを定めた旨の印刷物を送付するなどしてこれを告知したこと、本件物件のように高額な建設機械はディーラーからサブディーラーに対し所有権留保約款付割賦払いの約定で売買される例が多数であること、本件物件にはその表面に、訴外住友重機械工業株式会社製造にかかるものであることの表示があること、被控訴人は長野市方面において本件物件のような訴外住友重機械工業株式会社製造にかかる建設機械を独占的に販売していたが、ユーザーは被控訴人の長野出張所に照会すれば、その所有権移転の有無を容易に知りうる状態にあったこと、本件物件は昭和五五年五月末ころ新品と異ならない状態であったが、使用時間を記録するアワーメーターが取付けられていて、ユーザー等にとってその使用時間数を容易に判別できたこと、大洋は昭和四八年一月三一日から建設機械の販売及びリース業を営んでいたが、本件物件を買受ける際、信建に対し本件物件の被控訴人と信建との間の売買契約書、譲渡証明書の提出を求める等の調査はしなかったこと、控訴人は昭和三五年四月二一日から土木建築請負業を営んでいたが、前記大洋との売買までの間必要の都度、本件物件のような建設機械の買入れを行っていたこと、訴外酒井延寿は昭和五五年六月当時控訴人の代表取締役の地位にあり、前記大洋との間の売買契約締結に当ったものであるが、訴外酒井は本件物件のような建設機械の売買は所有権留保約款付割賦払いの約定でなされることが多く、かつ、通例は、前記譲渡証明書が代金完済時に発行されることを知っていたこと、ところが、同人は右売買契約締結に際し、仲介者訴外大田和人から、本件物件につきそれが大洋の所有するものである旨の説明を受けるや、これを信じ、それ以上に大洋の本件物件の所有権取得の経緯及び譲渡証明書の発行の有無についての調査の手続をしなかったことが認められ、これを覆えすに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、大洋は本件物件の前記占有の取得に際し、その前主である信建がいまだ所有権を取得していないことを知らなかったとしても、長野市所在の被控訴人の長野出張所に照会すれば容易にこれを知りえたのであるから、右手続をすべき注意義務があるところこれを怠ったものであって、この点につき過失があるといわねばならないし、控訴人も本件物件の前記占有の取得に際し、同様な注意義務があるところ、これを怠ったものであって、矢張りこの点につき過失があったものというべきである。

そうすれば、控訴人の抗弁2も採用することができない。

四  抗弁3(権利濫用)について

被控訴人が昭和五五年五月三〇日信建に対し本件物件を割賦代金一、〇一〇万円の約定で売渡したが、その際、信建との間で右代金完済までその所有権を留保する旨を約定したこと、本件物件は同年五月末ころ信建から大洋に同じく所有権留保の約定のもとに売渡され、控訴人は同年六月初ころ大洋から本件物件を代金六〇〇万円の約定で買受けたことは前示のとおりであり、《証拠省略》によれば、控訴人は遅くとも昭和五五年六月末日ころまでに大洋に対し右代金六〇〇万円の支払をしたことが認められる。そして、被控訴人は前示のとおり、信建に対し本件物件を売渡した際、長野市内のダイワ建機所在地において本件物件を引渡したことから考えると、被控訴人は信建に対し本件物件を所有権留保特約のもとに売渡した際に、信建が本件物件を他に転売することを予測しえたものということができる。他方、控訴人が大洋から本件物件を買受けるに際し、被控訴人が本件物件の所有権を留保しているのを知らなかったことにつき過失があったことは前示のとおりであり、さらに《証拠省略》によれば、被控訴人が前示のとおり信建に対し新車である本件物件を割賦代金一、〇一〇万円の約定で売渡した際における本件物件の割賦払による利息分を控除した時価は約九二〇万円と考えられていたのであるが、その直後に控訴人が前示のとおり大洋から新品同様の本件物件を買受けた際における本件物件の状況は、被控訴人から信建へ売渡されたときの状況と大差はなかったこと(控訴人は大洋から本件物件を時価よりも著しく低廉な代金で買受けたというべきである)、控訴人の代表者はその創立当初から酒井延寿であり、控訴人が本件物件を大洋から買受けた当時もその地位にあって売買の直接の衝に当ったこと、右酒井は控訴人の代表者として従前から本件物件のような建設用重機械を何台も買受け又は売却した経験があること、被控訴人において本件物件に関して刑事告訴をした結果、右酒井はぞう物故買罪の疑いで逮捕され、次いで同罪被告事件として長野地方裁判所に起訴されたこと、右酒井は刑事公判廷で犯意を否認したが、昭和五六年八月五日控訴人の代表者たる地位を解任されたことが認められる。また、《証拠省略》によれば、信建は昭和五五年五月中ころ手形決済資金約六〇〇万円を同月末までに準備する必要に迫られていたので、被控訴人から本件物件を代金割賦払いの約定で買受けたうえ直ちにこれを大洋に転売することにより右資金を作ることを企図し、しかも代金完済の困難な事情にあったが、被控訴人に対してはこれを秘し、同年五月二六日ころ前示本件物件の所有権留保特約付売買契約締結の申込をしたので、被控訴人は、信建から代金支払を受けられるものと誤信して、前示のように信建に対し本件物件を売渡したことが認められる。

以上の諸事情を比較考量すると、被控訴人が本件物件の留保された所有権に基づき、控訴人に対し本件物件の引渡を求める本訴請求は、いまだ権利の濫用にあたるものということはできない。したがって控訴人の抗弁3は採用の限りでない。

五  そうすれば被控訴人の本訴請求は理由があるから、これを認容した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないのでこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡垣學 裁判官 磯部喬 川﨑和夫)

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